あすぴょんさんと別れた後、電車を乗り継いで京浜東北線に乗車した僕の頭の中は、忙しかった。まるでレコードのように、ちゅる……ちゅる……ちゅる……と、あすぴょんさんが麺を啜る音が延々にリピートされるのだ。それに加えて何故か負の感情が刺激されて、将来への不安や、婚活がうまくいかないもどかしさが襲ってくる。自分自身を鎮めるのに精一杯になっていた僕は、蒲田駅に到着したことに気づかず通過。ハッとした時は鶴見駅で、うっかり乗り過ごしてしまった。
予期せぬ事態で鶴見駅に来てしまった僕は、一瞬気持ちを切り替えるためにラーメンでも食べようかと思った。しかしまたあすぴょんさんの"ちゅるちゅる音"がリピートされてしまい、結局もやもやしながら帰宅。ソファでゴロゴロしながら、あすぴょんさんにお礼のメッセージを送るか迷っていると、あすぴょんさんからメッセージがきた。
「今日はお時間作っていただき、ありがとうございました。とても楽しかったです。今は執事カフェからの帰宅中です。久しぶりの執事カフェは最高でした。充実した1日になりよかったです。またよければぜひお会いできたら嬉しいです」
メッセージを読んだ僕は、スマホをテーブルに置いた。すぐさまお礼を言うべきなのに、全くその気になれない。
あすぴょんさんは、決して悪い人じゃない。むしろいい人だと思う。
いい人……だ。
そもそもこんなうだつが上がらない中年の僕と、3回も会ってくれたのだ。しかもお世辞かもしれないが、また会えたら嬉しいとも言ってくれている。そんなあすぴょんさんに対して、マイナスな気持ちを抱きつつある僕は……罰が当たるだろう。
だけど。食べることがとても好きで、結婚相手とは楽しく食事をしたい僕にとっては、どうしても見逃せないのだ。あすぴょんさんの、ラーメンの食べ方が。
ラーメンだけじゃない。ドーナツをどこまで分解するのだと突っ込みたくなるくらい、手でドーナツをちぎりすぎてドーナツがボロボロになってしまう現象を繰り返す食べ方や、初対面の時にポテトを食べる直前に何故かハンドクリームを塗ったこととか、熱いものを食べる時にスプーンにカチカチと前歯を立てて食べる様子とか……色々。
ちなみにこれだけは言わせてもらうが、あすぴょんさんがファミレス好きなことに不満はない。ファミレスに罪はない。ただファミレスだけでなく、別のお店も候補に入れて欲しかったのは正直な気持ちだ。それに時と場合に応じて、ファミレスが適切かどうか判断してもらいたかった。さすがに大人の女性が、頑なにファミレス一択というのは複雑ではある。
あれこれ言ってしまったが、事実僕だって人の食べ方をどうこう言える立場でない。当然、自分の食べ方が完璧であるとも思っていない。もしかしたらあすぴょんさんだって、僕に対して不快な思いをしたことだってあるだろう。
わかっている。わかっているのだ。この年まで独り身の僕が、あすぴょんさんを拒否できる身分ではないことは。
だけど、あすぴょんさんとはきっと、一緒に食事を楽しめない。"胃に入れば何食べても同じ"という考えのあすぴょんさんと僕は、食事に対する価値観が違いすぎる。
もし今後もあすぴょんさんと会うのなら、僕はそれを受け入れなければならない。
受け入れられる?
受け入れ……られない……と思う。
だから僕は、あすぴょんさんをブロックしてしまった。
これであすぴょんさんとのご縁は、終わった。