あすぴょんさんに専業主婦の話を切り出されて初めて、僕は、僕が専業主夫になるかもしれない可能性が頭の片隅にちらついた。これまで微塵も、自分が専業主夫になる可能性について考えたこともなかった。しかし、仮に僕が縁あって、結婚できたとしよう。そして万が一家庭の事情で、夫婦のどちらかが仕事をやめて家庭に入らなければならない状況になった時。もし妻に「仕事を辞めたくない」と言われたら、僕は素直に「じゃあ僕が家のことするから任せて」と言えるんだろうか。そんなつもりはなかったはずなのに、心のどこかで、"家事は女性がするもの、仕事をやめるなら女性"、と思っている自分が、少なからずいることに気がついた。
僕はまだポンポンしたドーナツを食べきっていなかったし、飲茶を食べたい気分ではなかったので、首を振った。あすぴょんさんは軽く頷いて、財布を片手にレジに向かう。本当にあすぴょんさんは、この、店舗によっては飲茶が登場するドーナツ屋が好きなんだろうなと感じた。"今度いつ食べられるかわからないから今思い切り食べてやる!"的な強気の姿勢が、ビシビシと伝わってくる。
「わー美味しそうですね。これ大好きなんですよ!」
そして数分後。あすぴょんさんの目の前に、具なしのラーメンが置かれた。美味しいものを前にしたあすぴょんさんの表情は、心なしかイキイキしている。おまけに口調も弾んでいた。ラーメンの効果だろうか。"僕が幼い頃は、ラーメンの他に焼売や肉まんといった点心系もあった気がします"という話にも、やけにテンション高めに頷いていた。
「すみません、私だけ。いただきます」
「お気になさらず。どうぞ遠慮なく召し上がってください」
店舗によっては飲茶が登場するドーナツ屋のラーメンが本当に大好物らしい、あすぴょんさん。にこにこと嬉しそうにラーメンを見つめる顔は本当に可愛くて、なんだか僕も小さな幸せを貰った気がした。
「美味しいです。これを食べないと終われないって感じです」
「そうなんですね。美味しそうです」
思う存分心ゆくまで大好きなラーメンを堪能してくれ……そう思った時だった。あすぴょんさんの麺を啜る音に違和感を感じて、僕は失礼ながらちらりと彼女を見遣る。そして僕は……目を疑った。
なんとあすぴょんさんは、ラーメンの麺を一本一本啜っていたのだ。