どうかどうか、次は遅刻しないでほしい。ライブの時間に遅れるのだけは、何としても避けたいのだ。
……そんな僕の切実な願いは、あっけなく崩れ落ちた。
お分かりだと思うが、あすぴょんさんはライブ当日、約束の時刻に待ち合わせ場所に姿を見せなかった。例の如く、連絡もない。ちなみに待ち合わせ時間は、ライブの開演時間の30分前である。
おい、あすぴょん……マジでいいかげんにしろよ。
怒りもそうだがそれ以上に、どうしようこれはまずいなという、もやもやジリジリとした焦燥感が身体中を駆け巡った。僕は何度もスマホと腕時計を見比べ、あすぴょんさんのメッセージを待つ。しかしやはり、一向に連絡はこなかった。
遅刻はなんとなく頭の片隅にあったとはいえ、まさか本当に遅刻するとは思わなかった。
今回は食事等ではなく、芸人Aのライブ。もう一度言う、ライブだ。皆、お目当ての芸能人に会いたいがために、指定された時間に赴き、思い切り楽しむのではないのか?遅刻など言語道断。いや論外。緊急時や差し迫った理由でない限り、遅刻なんぞ信じられない。あすぴょんさんは……おそらくただの遅刻だ。
それに遅れて入場した場合、周囲のファンの方にも迷惑をかける。せっかく盛り上がっていた気持ちを、途中入場した自分の所為で途切れさせてしまうかもしれない。何より遅れた自分が一番、悔しい。最初から最後まで見逃したくない。だから特別な事情がない限り、ライブに遅刻というのは、どうしても僕には理解できなかった。
遅刻した奴が先に連絡してくるだろ、という思いはあったが、そんなつまらないプライドは捨てて、僕はあすぴょんさんに連絡をした。僕のミジンコみたいなプライドよりも、ライブに遅刻しないことが重要だ。すると信じられないことに、秒で返信が来た。
"ホピ沢さん、遅れてごめんなさい。駅には着いたのですが、道に迷ってしまい、待ち合わせ場所がわからなくなってしまいました。申し訳ないので、私に構わず先に劇場に行っててください"
おい、あすぴょん!だからなんで秒で返事ができるなら、自分から連絡してこねーんだよ!
頭にカッと血が上った僕は、思わずスマホを握り潰しそうになった。"今どちらにいらっしゃいますか。何か目印になるものを教えてください"と返信しながら、また道に迷ってんのかよ!初めての駅じゃねーだろ!、と怒鳴りたくなるのを堪える。
おい、あすぴょん!お前わかってないのか?先に劇場行けって言ってるけど、購入番号とお前のクレジットカードか電話番号がないとチケット発券できねーんだよ!この劇場に来たことあんだろ?それくらい覚えとけや!
怒りがこもったため息が漏れた。僕は短気な方ではないはずだ。しかしマッチングアプリをしていると、イライラする機会が多く、実は自分はとても怒りっぽいのではないかと不安になった。