僕とあすぴょんさんは、約二時間ほど芸人たちの漫才やコントを楽しんだ。最前列で観るショーはとても迫力があり、こんな貴重な機会を与えてくれたあすぴょんさんに感謝の気持ちでいっぱいだった。あすぴょさんにお礼を気持ちをしっかり伝えると、あすぴょんさんは嬉しそうに微笑んだ。そのにっこり笑顔を見ていると、遅刻したことやその他のことに苛立ちを感じていた気持ちもどこかに吹っ飛んでしまった……ことはないが、まあいいかと思えるようになっていた。
だが一つ、観劇中にもやもやしたことを語らせてほしい。着席後に誰が最初に舞台に出てくるのだろうとドキドキしていた僕の視界の端に、ふとビニール袋が映ったのだ。なんだろうと思ってちらっと横を見ると、なんとあすぴょんさんは鞄から惣菜パンを取り出していたのだ。僕の鼻腔をダイレクトに刺激してきたのは、惣菜パン特有のむわっとした匂い。え……っと思った瞬間、あすぴょんさんは一気に惣菜パンを頬張った。
……マジかよ。
僕はあすぴょんさんの行動に、驚いてしまった。確かに観劇中の飲食は可能で、食べながら漫才を楽しむことは違法ではない。だが……え?マジで?いきなり?食べる?それも舞台上に立つ芸人からしっかりと見える一番前の席で?それもピザ系のパン?匂いもまあまあ強いのに?
ちなみに僕の席周辺では、休憩時間に飲食する方はいたものの、観劇中にはいなかったと思う。いやなんだろう、空腹で限界だったのかもしれないが、目と鼻の先に芸人がいるのに、テレビを観る感覚でのんびり食べているあすぴょんさんが不思議というか、信じられないというか……。あすぴょんさんはルールを破っているわけではないし、何も悪いことをしているわけではないとはいえ、僕の気持ち的にはちょっとなあ……という感じだ。単に僕が気にし過ぎなのかもしれないが、ちょっとざわざわしてしまった。
「すごく楽しかったですね!私グッズを買いたいので、売店行ってもいいですか?」
観劇後興奮冷めやらぬ表情でお手洗いから戻ってきたあすぴょんさんと一緒に、売店を覗いた。僕はグッズ等に興味はなく眺めるだけだったが、あすぴょんさんはシールやクリアファイル、キーホルダーに加え、箱の表面に芸人のイラストが描かれたレトルト食品等を購入。にこにこしながらレジに立つ姿は、少し可愛いなと思った。好きなことに全力なのは、微笑ましい。
「この後どうしましょうか。お時間ありますか?もしよかったら、お茶かご飯でもどうですか?」
「ぜひぜひ!ホピ沢さんと今日の漫才について語りたいです!お腹すいたので、何か食べに行きましょう!」
もしかしたら食事をするかもしれないと思い、僕は事前に何軒かお店を調べていた。ジャンルが偏らないように和洋中その他から一つずつピックアップ、雰囲気、アクセスの良さ、混雑状況等、一応僕なりに気を遣ってセレクトしたつもりだ。
候補のお店一覧をあすぴょんさんに見せた僕は、「食べたいものはありますか?もしあすぴょんさんに行きたいお店や食べたい料理が思いつかなければ、この中でどうですか?あすぴょんさんがご存知のお店があれば、そちらでも構いません」と伺う。
「すごい、ホピ沢さん調べてくださったんですか?ありがとうございます。用意周到ですね!」
「そうですか?休日なので混んでいると思い、一応調べてみました。でもあすぴょんさんの好みに合うかどうか……」
「そうですね……どうしようかな……」
あすぴょんさんはしばらく考える素振りを見せた後、「この中でも全然いいんですけど……」と、前置きしながらこう言った。
「ドリアが食べたいです。あのミートソースの……」
言うまでもなく瞬時に脳裏に浮かんだのは、"あの"ドリア。
僕はずっこけそうになった。
"あのミートソースの……"の、あのってなんだよ!あのじゃなくて、サイゼリヤのミラノ風ドリアじゃねーか!