「チケット発券……?購入番号……?えっとなんだっけ……ホピ沢さん知ってます?」
知らねーよ!この期に及んでもなお、呑気なことを言っているあすぴょんさんに、僕は愕然とした。
チケット発券機の前で、首を傾げるあすぴょんさん。僕は怒りを飛び越えてもはや白けた気持ちになっていたが、努めて冷静に発券方法を説明した。するとのんびりとした手つきであすぴょんさんはスマホを眺め、うーんと唸る。そして「メール遡らなきゃ……いつ購入したかな?」と口にした。
おいお前……マジで言ってんのか?普通は前もって準備するだろ!
僕は血管がブチギレそうだった。しかしこういうイライラしている時や、思い通りにならない時こそ理性が必要だと思い、深呼吸を何度も繰り返す。そして自分に言い聞かせた。そう、あすぴょんさんに悪気はなく、ちょっとぽやぽやしているだけなのだ。自分の価値観を押し付けてはいけない。棘を含んだ物言いや辛辣な対応をしないように、僕は自身の言動に細心の注意を払った。
「あ、チケット発券できました」
遅えよ!と怒鳴りたい衝動をぐっと堪えて、僕はあすぴょんさんに笑ってみせた。
「ありがとうございます。発券できてよかったです。では入場しましょう。もう前説始まってますよ」
「あ、お手洗い行ってもいいいですか?ホピ沢さんは、先に入っててください」
「……廊下で待ってます」
「はーい、急いで行ってきますね!」
急いで行ってきます、と言っている割に、あすぴょんさんの足取りは特に急ごうともしていない。なんでだよ急げやと思ったが、あすぴょんさんは急いだところで無駄だと思ったのだろう。よくある光景だが女性トイレには行列ができていて、廊下にまで人が溢れ出ていた。僕は壁に貼られているポスターを眺めながら、根気強くあすぴょんさんを待つ。今から漫才を見るというのに、僕の気持ちは高揚どころか沈んでいた。色々なことが重なったため、とてもじゃないが楽しめる余裕がない。
結局あすぴょんさんがトイレから戻ってきたのは、開演時間を少し過ぎた頃だった。最後の最後までマイペースなあすぴょんさんにがっくりしながら、僕は入り口でスタッフの方にチケットを見せて入場する。 既に前説の芸人の舞台は終わっており、劇場内は演出のため真っ暗。ステージ前に設置されているモニターに、劇場紹介動画が流れ、観客は漫才が始まるのを今か今かと待っている状況だった。
僕は前説芸人の舞台を見れなかったこと、遅れてしまったことに、申し訳なさを感じた。決して彼らを蔑ろにしたわけではない。むしろ彼らの活躍を見たかったのに。
ちなみになんと席は一番前だった。最前列で観劇できる機会をくれたあすぴょんさんに感謝する反面、本当に何で遅刻したんだよと思った。真っ暗な中足元に気をつけながら、やっと僕とあすぴょんさんは着席した。
「あ、はじまりますよ!ホピ沢さん、楽しみましょうね!」
なんでこんなに……あすぴょんさんは無邪気なんだろう。