熱湯を黒く色付けしただけのホットコーヒーを啜る僕と、カフェオレ、ジュース、スープの三つの飲み物に囲まれて、ポテトフライをつまむあすぴょんさん。先ほどまで巧みにタッチパネルを操ってくれたのが嘘のように、あすぴょんさんは大人しくなってしまった。途端に訪れた沈黙は、赤ちゃんの泣き声がBGMとなって埋めてくれたものの、気まずい空気までは補ってはくれない。何か会話をしなければ……と思い、僕は頭の中を巡らせた。
「改めて今日はお時間作ってくださって、ありがとうございます。初めて大宮駅に来たんですけど、飲食店も多くて便利ですね」
無心にポテトを口に運ぶあすぴょんさんにこう切り出すと、あすぴょんさんはようやく手元から顔を上げた。目を合わせてくれず、相変わらずタッチパネルを眺めている。おそらく緊張していて、視線の置き場所に困っているのだと思う。しかし顔まで画面に向けられると、僕の話を聞いてくれているのかわからず少し複雑だ。
「大宮駅初めてなんですか?まあ確かに都内在住の方は、理由がないと来ないかもしれませんね。わざわざ大宮に来なくても、東京には何でもありますもんね」
「そうですね……」
「ホピ沢さんは、東京のどちらに住まいなんですか?」
開始早々、いきなりこの質問が来てしまった。僕はうっと身構える。避けられないのは仕方ないとはいえ、"蒲田"と言った瞬間の周囲の反応はなかなか辛いものがある。皆、某番組の某コーナーの蒲田情報を鵜呑みにしているのだ。蒲田に対して、悪意や恨みがあるとしか思えない内容だった。
「か、蒲田です……」
「蒲田……?」
「はい……」
あすぴょんさんは、首を傾げた。ああやっぱりか……と、がっくりしたその時。
「蒲田……聞いたことあるかもしれないです……」
「え?」
「あ!空港!そう、空港だ!確か羽田空港が近いんですよね?」
「そ……そうです!羽田空港です!めちゃくちゃ近いです!」
「よかったあ、当たって。なんか聞いたことあると思ったんですよね」
「ええ」
「ホピ沢さんは、空港の街に住んでるんですね。毎日飛行機が飛んでいるのが見えて、なんか楽しいですね」
僕はあすぴょんさんの反応に、拍子抜けした。身構えた自分がバカらしくなるくらい、予想外の回答だ。あすぴょんさんの蒲田を何とも思わない雰囲気は、僕を驚かせた。
自意識過剰だと思われるかもしれないが、蒲田に対して悪い印象を持っている人はかなり多いと肌で感じる。蒲田在住と言った途端、大抵は微妙な空気になるのだ。「ああ、あの蒲田ね」、とろくに蒲田を知らずメディアの間違った知識を得ただけの人たちが、露骨に鼻で笑うのがほとんど。
しかしあすぴょんさんは、そんな様子が一切なかった。偏見を持たずに、相槌を打ってくれる。しかも蒲田が、"空港の街"と言ってくれた。"空港の街"かはさておき、普段スラム街だの、汚いだの、飲み屋街だの、自転車盗難数が多いだの、色々マイナスなことしか言われない蒲田民としては、あすぴょんさんの評価は新鮮で、初めて目にするリアクションだった。
「蒲田は便利そうですね。空港も近くて、駅の中にデパートもあって、中心地にも神奈川にも埼玉にも出やすいですね。いいなあ、私は埼玉のど田舎に住んでいるので、駅にも家の周りにも何もないです。羨ましいです。蒲田のこと、もっと教えてください」
おそらくあすぴょんさんは、蒲田のことなんてどうでもいいし、特に知りたいとも思っていないだろう。もしかしたら本当は蒲田のことを知っていて、悪い印象を持っているかもしれない。それでも会話を続けるために、あえてこう言ってくれたのだ。
あすぴょんさんの気遣いが垣間見えて、僕は嬉しかった。