「私は生まれも育ちも埼玉のど田舎です。何にもなくてつまらない街ですけど、私は特に不満もなく、都会に出たい気持ちもありませんでした。だから東京の短大に進学するまでは、ほとんど都内に出たことがありませんでした」
「東京の短大も行きたくて行ったのではなく、そこの短大からしか推薦を貰えなかったんです。本当は家の近くの学校がよかったんですけど。毎日片道一時間半かけて、通学してました。電車の中で朝ごはんを食べてたんですけど、その時に菓子パンにどハマりして」
電車の中で朝ごはん……?新幹線でもない普通の電車で、毎日菓子パンにパクついていたのか……?
たまに新幹線以外の、所謂普通の電車の中で、食事をしている人がいる。それぞれ理由はあるのだろうが、正直僕は好ましくないと思っていたので、あすぴょんさんの感覚に戸惑った。
加えてもう二つ、困惑したことがある。一つは突然カバンからハンドクリームを出して、手に塗り始めたこと。まさに今ポテトをつまんでいるのにハンドクリームを塗る真意とは……?そもそも食事の席で何故……?どういうこと……?
もう一つはあすぴょんさんの話ぶりから、"行ける学校ならどこでもいい"という感じだったことだ。先ほどの蒲田の件で嬉しくなっていた僕は、この話を聞いた途端冷静になった。
進学というものは、自分が行きたい学校を選んで、それを目指して頑張るものだと思っていた。しかしあすぴょんさんは特に目標もなく、"行けるところならなんでもいい"、というスタンス。これが悪いというわけではないが、ふわっとした理由で進学したことに、僕は驚いてしまった。自分の人生なのに、何だか投げやりで、他人事のようだなと感じたのだ。
ちなみに実家大好きのあすぴょんさんは、36年間一度も実家から出たことがないそうだ。短大在学中に就職が決まらず、卒業から2年経ってやっと就職した勤務先は都内だったそうだが、通勤に1時間50分かかったらしい。それでもどんなに遠くても、一人暮らしという選択肢はなく、今後も余程の理由がない限り、実家から出る気はないそうだ。ご両親もそれを望まれているとのこと。
「改めて自己紹介しますね。あすぴょんです。埼玉の実家で、両親と兄と3匹のハムスターと2匹のうさぎと暮らしています。短大卒業後は車内販売員として働いていたのですが、転職して今は家から車で10分の物流会社に勤務しています。食べることが大好きで、特にパンが好きです。スナック菓子も大好きです。休日はハムスターやうさぎと遊んだり、家族と一緒に出かけたり、テレビを見たり、お笑いを見たり、漫画を読んだり、絵を描いたり、ごろごろしています。ホピ沢さんのご家族は何人ですか?趣味はなんですか?」
どうしてあすぴょんさんは、僕と会ってくれたのだろう。僕は不思議でたまらなかった。
あすぴょんさんは実家大好き、家族大好き。実家から出る気はなく、ご両親もそれを願われている。話を聞く限りでは、ご両親に結婚を急かされているわけでもないそうだが、あすぴょんさんが結婚して埼玉から出ることに難色を示しているらしい。つまりご両親は、あすぴょんさんに遠くに行って欲しくないようだ。ご両親にとっては、東京も遠いらしい。
東京で遠い……か。頭がくらくらした。
大きなお世話だが、もうこれは埼玉在住……というか、あすぴょんさんの実家近辺在住の男性と、マッチングした方がいいのではないかと思った。