確かに、この際座れる場所ならどこでもいいとは思った。なんでもいいやと思ってはいた。自信満々に「座れる場所知ってます!」と言い張るあすぴょんさんには、嫌な予感もしていた。でもどこかでそんなわけないだろ、と考えていた。
だが本当に本当にファミレスをチョイスしてくるとは……思わなかった。
ファミレスは……ファミレスは好きだけど……最近はファミレスに行く機会なかったけど……ファミレスには何の罪もないけど……。
今はファミレスの出番じゃないだろ。
「今度は迷いませんでした。よかったです。ホピ沢さんにご迷惑をおかけせずに、自力で辿り着けました」
僕は、嬉しそうに、にこにこしているあすぴょんさんの提案を、無碍にできなかった。悪あがきで「休日のファミレスは、混雑していて入れないかもしれないですね……」と言ってはみたが、丁度続々と退店するお客さんとタイミングが重なり、すんなり座れてしまった。運が良いのか悪いのか……今日に限っては"お待ちの人数100人"、だったらなあと思う。
「ホピ沢さんは何にします?」
「ホットコーヒーにします。あすぴょんさんは?」
「ドリンクバーで何を飲むか決めます」
「ド、ドリンクバー……?」
「お酒以外の飲み物は、ドリンクバーなんですよ。もしかしてホピ沢さん、ファミレス初めてですか?」
「いえそんなことは……」
「大丈夫ですよ、注文は私に任せてください!タッチパネルで、ドリンクバー二つ頼んじゃいますね」
爪を短く切り揃えたあすぴょんさんの指が淀みなく注文をしていく様子を、僕はしょんぼりとした気持ちで眺めていた。僕は一体どうしてここにいるんだっけ、と混乱もしてる。店内に響き渡る赤ちゃんの泣き声や子供のわんぱく声がBGMの空間は、僕の前向きな気持ちを削ぎ落としていった。
言っておくが、赤ちゃんや子供が悪いのではない。婚活のデートに、ファミレスにいる僕が悪いのだ。
ドリンクバー……言葉は悪いが正気か?と思う。婚活……だよな?婚活でファミレス……?婚活でドリンクバー……?いやいいけど……いいんだけどさ……便利だと思う卓上のタッチパネルが、やけに忌々しく見えた。
加えてガヤガヤと騒々しい雰囲気の中では、あすぴょんさんの声が聞き取りにくかった。ファミレスだからにぎやかなムードが通常モードだとはいえ、これからお互いの身の上話をするというのに、この空気はちょっと……。今からでも違うお店を提案しようかと思ったが、ドリンクバーにずんずんと突き進むあすぴょんさんの姿を見て、その選択は諦めた。
「ホピ沢さん、ドリンクバーの使い方わかりますか?ここのコップを取って、ここに置いて、このボタンを押せばコーヒーが出てきますよ」
屈託のない微笑みであすぴょんさんに教えてもらいながら、僕は無事にホットコーヒーを淹れた。あすぴょんさんは「よかったです」、と謎に拍手をして僕の動作を見守ってくれた。よくわからない感情でわけがわからなかったし、一度にスープとカフェオレとジュースをお盆にのせているあすぴょんさんも、わけがわからなかった。
ちなみにあすぴょんさんはドリンクバーの他に、ポテトも一緒に頼んでいた。どうやら食事を頼まなければ、スープを貰ってはいけないらしい。どうしてもスープが飲みたかったそうだ。
「よかったら一緒にポテトどうですか?」と言われたが、やんわりとお断りしてコーヒーを啜った。
あすぴょんさんは、親切で優しいと思う。素直で無邪気でもある。おまけにドリンクバーとタッチパネルを巧みに操ってくれる。
きっと、いい人なんだろうと思う。
いい人なんだろう……。