「今日は遅くまでありがとうございました。駅までお送りしますね」
一向に歩き出そうとせず、店先で立ち止まりながら話すDさんを、僕は促した。Dさんは少し渋ったような素振りを見せたが、僕が「駅はあっちです」と導くと、のろのろと足を動かす。もしかしたら勘違いかもしれない。だがDさんからは、"もう少し話したい、話し足りない"というオーラを感じた。が、僕は脇目も振らずに蒲田駅を目指した。
13時からぶっ通しで一緒に飲んでいるのだ。このまま長々と一緒にいても、もはやDさんの嫌なところしか目につかない。 本当に切実に帰りたかった。
21時を過ぎた週末の蒲田駅周辺は、大勢の人で賑わっていた。僕とDさんは雑踏をかき分けながら、駅ビルの中に入る。エスカレーター前は長蛇の列だったため、階段で改札に向かおうとすると、ちょうど登り切ったところでDさんが「あ」と声を上げた。
「すみません、明日の朝ごはん買ってもいいですか?」
え……?
「私、X城X井が大好きなんですよ!蒲田駅にあるなんて知らなかった〜。急いで買い物済ませるんで、ちょっと行ってきます」
そう言ってDさんはせっかく登り切った階段をあっさりと降りて、X城X井に入って行った。
おい、D!買い物?そんなんお前の最寄駅でしろや!
……そう思ったが、仕方なく僕も彼女の後ろを追いかける。さすがに親しい仲でもないのに買い物に付き添うのはどうかと思い、僕はお店付近の壁にもたれ掛かって待つことにした。店内は混雑、狭い、レジ数も少ない……僕はしばらく待つことになるだろうなと覚悟した。
スーパーで買い物。例えばコンビニやドラッグストアで緊急を要する物やちょっとした物を買うならわかるのだが、特に親しくもない相手がいる中で、普通スーパーに寄りたいと思うだろうか。もしスーパーに寄りたいのなら、僕と別れてから行けばいいのに。僕としては、こういう状況でスーパーで買い物をしようと思う発想が信じられなかった。Dさん的にはX城X井はスーパーという認識はないのかもしれないが、僕にはX城X井は間違いなくスーパーだ。
「すみませーん。お待たせしました。好きなお惣菜とパンが値引きしていたので、ラッキーでした」
「そうですか、よかったですね」
「ええ、あーよかった。得した気分」
別に見るつもりはなかった。しかしちらりと見えた大きめの袋の中には、ちょっとしたものを買う感じではなく、本当にガチで買い物してきたんだなという量だった。僕は呆気に取られつつ、Dさんを促して再び階段を登った。そしてやっと、改札口手前にあるスタンプラリー台の前に到着した。
「今日は本当にありがとうございました。夜も遅いですし、気をつけてお帰りくださいね」
「こちらこそありがとうございました。蒲田飲み、楽しかったです」
「それはよかったです。では」
「ええ、では」
想像よりもはるかに、あっさりとした別れだった。Dさんは足早に改札を通り抜け、あっという間に人混みの中に消えた。さっき店先で見せたDさんの、帰りたくなさそうな仕草はなんだったのだろう。もしかしたらDさんのその仕草はフェイクで、本当はさっさと帰りたかったのではないだろうか。
まあ、おそらくそうだろうな。きっとDさんは、僕に気を遣って大人の対応をしてくれていたのだろう。早く帰りたいという本音を隠して、あえて帰りたくなさそうな名残惜しい気持ちを見せてくれていたのかもしれない。そんなことを思わせる別れ際だった。
さあ家に帰ろう。そう思い足を踏み出した瞬間、僕は爪先に妙な違和感を感じた。
なんだ……?なにか当たったような……?
不思議に思い視線を足元に下げた僕は、えっ、と声を上げそうになった。
なんと僕の足元には、某少年誌の某キャラクターのぬいぐるみが転がっていたのだ。
