「そろそろ出ませんか?ちょっと僕、随分酔ってしまって。これ以上飲むと、Dさんに迷惑をかけるかもしれないです」
Dさんのグラスが空になったタイミングで、僕はDさんに帰宅を提案した。もちろん僕はDさんに迷惑をかけるほど、酔ってはいない。むしろ酔いは完全に覚めている。だがDさんと解散するには、これが一番いい理由だと思ったのだ。「酔っている」を殊更強調すると、Dさんはやれやれと言った感じでこう言った。
「え〜?酔ってるんですかあ?本当?全然顔に出てないからわからない!ホピ沢さん、お酒弱いんですねえ」
「そうなんです。酔っても顔には出ないタイプなので……」
「お酒弱いなあ」
おい、D!お酒弱い?じゃねーよ!13時から飲んでんだぞ!今何時だと思ってんだよ!21時だよ!これ以上は飲めないし飲みたくないよ!
Dさんは僕を小馬鹿にしたように笑った後、卓上に置いてあった伝票を手に取った。また例の金額確認だ。案の定Dさんは「ふうん」と頷き、「私お手洗い行ってくるんで、お会計お願いしますね」と言い席を立った。必ず会計前にトイレに行って支払いから逃れるスタイル、本当にブレないルーチンだ。Dさんは今までこの手口を貫いてきたのだろうか。だとしたら……ただただすごいと感心してしまう。
とはいえ、やっと帰れる。帰れるならいくらでも会計するよ。
僕はそんな気持ちで素早く会計を済ませた。そして店先に出た僕は、夜風に当たりながらDさんを待った。そして思う。"またDさんはトイレ前の洗面台を完全スルーするんだろうな"と。
ちなみにこのお店のお手洗いは、トイレ入り口に目隠し用の暖簾がない。トイレに出入りする姿も、洗面台に立つ姿も、席からばっちり見えてしまうのだ。さすがにもうトイレから出てきたDさんの動向を注視するようなことはしないが(手を洗ったのか気になってしまい二軒目ではしてしまったが)、もう僕の中では例えDさんが手を洗っていようとも、「Dさんはトイレで用を足しても手を洗わない人」という認識になってしまった。
