「……Dさん、焼き物を頼んだら次のお店に行きませんか？蒲田の飲み歩きは、さくっと飲んでささっと出るのがルールです」
「え？もうですか？まだ全然頼んでないのに……」
「焼き物を頼んで食べ終わったら、次のお店に行きませんか？」
「え……でもまだ頼み足りてないです。もっと食べたいです」
「一軒でたくさん食べてしまったら、他のお店で飲めなくなりませんか？大丈夫ですか？」
「確かに……言われてみればそうですね。いつも外食では全力で頼んでたので、え？これだけ？もう出るの？ってなっちゃいました。言われてみれば、飲み歩きですもんね」
不満げな表情を浮かべるDさんをなんとか納得させて、僕は焼き物のオーダーに取り掛かった。僕はれば、ちれ、はつなどを頼み、Dさんはかしら、たん、しろなどをオーダー。焼き物が来るまでは、もつ煮込みやマカロニサラダ、とろれば刺しなどで間を持たせた。
「もう一杯飲もうかな。私はビールを頼みますけど、ホピ沢さんは何か飲みますか？」
「では、中もらいます」
「……中？中！？もしかして中って焼酎のことですか？うわあ、通って感じですねえ。まさしく蒲田で飲んでるって感じっていうか」
「……そんなことないですよ。メニューにも中って書いてますし」
「えー？でも通って感じしますよお。え、中気になる。それじゃあビールやめて、私もホッピー頼んでみようかな？すみませーん」
マジかよ！今からホッピー頼むのかよ！これじゃあ長居することになっちゃうだろ！
ホッピーは焼酎と割って飲むのだが、注文すると、ホッピーの瓶と焼酎が入ったグラスを渡される。外(ホッピー)は360ml。大衆酒場の大半は、中(焼酎)をグラスに多めに注いでくれるので、一度に外(ホッピー)は360mlは飲みきれない。二回ほど中(焼酎)をおかわりし、外(ホッピー)と割って、360mlを飲み切るスタイルだ。だから今からDさんがホッピーを頼むと……最低でもあと一時間はお店から動かないことになる。
「よく考えたら私、胃袋も肝臓もめちゃ強いので、一軒でたくさん飲んで食べても問題ないです！飲み歩きに支障はないので、どんどん頼みましょう。次いつ来れるかわからないので、後悔したくないです」
そう言ってDさんは、揚げ物と焼き物を追加オーダーした。店員さんの視線が心苦しい中、そんなことはおかまいなしにDさんは「もっとホピ沢さん、食べましょうよ。まさかもう終わりですか？」と圧をかけてくる。
その一方僕は……気持ちがどんどん冷えていき、美味しくお酒が飲めなくなっていた。
