「そういえば……ドリンク来るの遅くないですか?」
Dさんが競艇や競輪好きという事実に驚き絶句していると、Dさんが訝しげにそう言った。その表情は、心なしか厳しく険しい。棘のある口調で同意を求めてくるDさんに、僕は嫌な予感がして心臓がひやりとした。
「注文してから結構時間経ってません?普通ドリンクくらいだったらすぐにきますよね?他のテーブルには既にあるのに、きてないの私たちだけですよ?」
Dさんの指摘を受け、僕は店内を見回した。このお店は、まず最初は、入店した順に店員さんが注文を聞いてくれるシステムになっている。順番が決まっているので、我先にと注文することはできず、店員さんが来てくれるまで待っていなければならない。だから、僕達よりも早くに入店したお客さんがグラスを傾けているのは当然。だが、なんと僕達よりも後に入店したお客さんのテーブルにも、ドリンクが置かれていた。ちなみに二回目以降の注文には、特に順番はなく好きなペースで頼める。
……僕達の目の前にはなにもないし、言わない限りドリンクは来そうにもない雰囲気だ。
「……もしかしたら、僕達のドリンクは忘れられちゃったのかもしれませんね。店員さん忙しそうですし。ちょっと聞いてみますね」
「そういうのありえなくないですか?居酒屋でドリンクを忘れられるとか、本当にテンションガタ落ちです。舐められてるんですよ。私が店員さんに言います。すみませーん!」
え、と思った瞬間、Dさんは語気を強めて店員さんを呼びつけた。そして……。
「すみません、ドリンクまだ来てないんですけど。まだですか?私たちよりも後に注文した方は既に飲んでるのに、こっちには来てないんですけど。どうなってるんですか?」
今にも噛みつきそうな声色で、店員さんを叱責したのだ。
「す、すみません。確認して今すぐお持ちします」
「早くしてください」
騒がしい店内に思いの外、Dさんの声は響いた。Dさんの非難の声音は、いとも簡単にお酒の席をぶち壊す威力があったのだ。その瞬間、周囲はしんっと静まり返る。テレビから流れるCMの音がやたら大きく聞こえた。
「忘れるとかありえないですよ」
「申し訳ありません」
その場にいた全員の視線が、一斉に僕とDさんに視線が集中するのがわかった。そんな状況下でも、申し訳なさそうに謝る店員さんをくどくど咎めるDさん。僕はDさんのその高圧的な態度を、どうしても見過ごすことができなかった。
「Dさん、大丈夫ですよ。そんなに言わなくもすぐに飲めますからね。店員さん、ご迷惑をおかけして本当にすみません」と
そう平謝りして場を収めた。
「ホピ沢さん、今なんで謝ったんですか?私が一刻も早く飲みたいから、店員さんに指摘したとでも思ってるんですか?違います!ドリンクを忘れられたことに、腹が立っているんです。こういう時は、はっきり言わなきゃだめですよ」
「で、でも、店員さんも忙しいですから、忘れることもありますよ。わざとではないですし……」
「こっちはお金払って飲みに来ているんですよ?忙しいとか店員さんの都合は関係ないです。プロなら忘れちゃダメですよ」
「……」
「私こういうこと、言うのは慣れてるんで。ホピ沢さん全然気にしないでください。ていうか、この程度では全然言ったことにはならないですね」
ああ、無理だ。