人よりちょっとだけ食べることが得意な僕にとって、1人1枚ピザを食べることは全然余裕である。だがそれは、家で宅配ピザをオーダーする時など、要は1人で食べることを前提とした話に限る。
だから2人で入店した飲食店で、シェアすることなく1人1枚ピザを食べるシチュエーションは、想定外だった。そして普段なら絶対に食べ切れるはずの量に苦戦してしまったのも、想定外。どうやら僕には、普段とは違うおしゃれな雰囲気の中で、初対面の方と一緒に、直径24センチのピザを黙々と食べるのは、なかなか気が重かったようだ。その所為なのかはわからないが、僕はいつもよりも随分早めにお腹いっぱいになってしまった。
「ピザ美味しかったですね。パスタもどうですか?」
ピザをペロリと平らげ後、喉を潤すように白ワインを飲み干したDさんは、さも当たり前のように、パスタを勧めてきた。もちろん食べるよね、という雰囲気を醸し出しながら。この時の僕は、まだ直径24センチのピザを完食しておらず、手こずっていた。だから僕は、しばし絶句してしまった。
おい、D!お前最初に、「ピザ一択ですね」って言ってたじゃねーか!確かにその後、「ピザとパスタを両方頼むなら全然いいんですけど」って言ってたけどさ!「パスタだけの人は、このお店のこと何もわかってない」とか、結構パスタのことディスってただろ!
「今日のおすすめのパスタは……わ、ワタリガニのトマトクリームだあ!美味しそう!どうですか?食べましょうよ」
「えっと……」
もしかしてこれも、シェアじゃなくて、1人一皿……?
いつもの僕なら、全然余裕で食べられる。しかしベストコンディションはなく、既に満腹に近い僕は、Dさんの提案を素直に受け入れられなかった。 これがピザをシェアしていたのなら、まだ大丈夫だった。しかし1人1枚ピザを食べた後のパスタ一人前は、結構胃にはヘビーだ。だから僕は……お断りすることにした。
「僕はとても満足しているので、パスタは遠慮しようかなと思います。僕のことは気にせず、Dさんはぜひパスタを召し上がってください」
「……は?」
その瞬間、Dさんの声がすっと冷えた。怒っているような、機嫌が悪いような、そんな空気が漂い始める。Dさんの反応に、僕はぎくりと身体が強張った。
「えっと……ホピ沢さん結構少食なんですね。これじゃあ私が大食いみたいじゃないですか」
「いえそんなことないです!僕のことは気にせずに、ぜひどうぞ……」
「それだとなんか頼みにくいですじゃないですか。男性のホピ沢さんよりも、私の方がガツガツ食べてるって思われるし……」
いや気持ちは少しわかるけどさ!別に誰が何を食べようと、どれだけ食べようと、周囲は微塵も気にしてねーよ!男性よりも食べる女性?そんなんいいじゃねーか!食べたいなら好きなもの食えよ!それとも僕が頼まないと食べれないってか?なんでだよ!面倒だな!
「本当に本当にここのパスタ美味しいんです。ホピ沢さんに食べてもらわないと帰れないなあ」
「……」
「食べましょう?ね?」
「……で、では、シェアしませんか?僕だいぶお腹いっぱいなので……」
「シェア?え?なんでですか?」
「え……」
「ピザならまだシェアするのわかりますけど、パスタは普通1人一皿ですよ?」
……ピザならまだシェアするのわかる?
おい、D!どの口が言ってんだよ!だったらさっきなんでシェアさせてくんなかったんだよ!もうなんなんだよ!パスタ1人で勝手に食ってろよ!
「じゃあ頼みますからね?すみませーん」
結局僕は、ワタリガニのトマトクリームパスタを食べた。
もちろんシェアではなく、1人1皿……だ。
