Dさんの過去の男性遍歴話は止まることを知らず、いつの間にか蒲田出身の元彼の話から、英国風パブでワールドカップを観戦中に、ナンパされて付き合い始めた中東出身の元彼の話に移っていた。Dさんの恋愛話は、情報量とツッコミどころがたっぷりで、僕とは違う世界で生きてきたのだなと思わせるほどに、嘘か真実か判断しかねる内容だった。
これが知人の体験談だったら、相当楽しめたと思う。だが相手は、今日会ったばかりの女性。茶化すわけにもいかないし、かといって、ドライな反応も相応しくない。一体どういう態度で聞くべきなのか……というか、正直恋愛話は聞きたくない。僕は自分自身の対応に気を遣いすぎて、随分と疲れていた。
「あの……飲み物どうしましょうか?何か頼まれます?」
僕はタイミングを見計らって、一方的に饒舌に語り続けるDさんに提案した。そろそろいい加減、武勇伝交りの恋愛話はやめてほしい一心だった。Dさんは、はっとしたように、メニューを見始める。そしてやっぱり、同じ白ワインのグラスをオーダーすることにしたようだ。ちなみに僕は白ワインは切り上げて、飲みたかったイタリアンビールにした。Dさんに「ワインの後にビールって普通逆じゃないですか笑」と言われたが、ははは……と笑って流した。
おい、D!僕だって最初にビールが飲みたかったよ!お前が異論は認めないという口調で、「とりあえずグラスの白でもいいですか?イタリアンといえばやっぱりワインですからね。ワインでいきましょうか」って言ったんじゃねーか!
「そろそろピザ頼みませんか?ここのピザ、石窯で焼かれていて、すごく美味しいんですよ。ピザの種類は豊富でどれも魅力的ですけど、ここはやっぱり最初は王道のマルゲリータを頼むべきです。いや、最初はマルゲリータ以外ありえないです」
「……そうなんですね」
「あ、もしかして他のピザが食べたかったですか?でもここで王道のマルゲリータを外すのは……」
「……マルゲリータでお願いします」
「了解でーす!あ、すみませーん!マルゲリータ二枚、お願いします」
マルゲリータ二枚……?え……?
「えっ……あの……二枚ですか……?」
「そうですよ?だってイタリアでは、1人一枚ピザを食べますし」
「……」
「ナイフとフォークを使って1人一枚ピザ食べるのが、イタリアです」
いや……ここは日本だけど……。
僕は動揺した。決して直径24センチの薄焼きマルゲリータにではない。飲食店に2人で来ているのに、ピザをシェアすることなく1人一枚食べることにだ。別にピザ一枚くらい、全然余裕で食べれる。だが……いや普通は!飲食店では、シェアすると思わないか?だからなんの相談もなく、1人一枚食べるイタリアンスタイルで注文したDさんに、僕は絶句していた。
いや確かに、イタリアに旅行した時、現地の方はピザを1人一枚食べていたけども!別に食べられないとかじゃなくて、ピザ一枚くらい全然余裕で食べれるけども!ここは日本だよ?ピザはシェアが当然と思わないか……?
そう困惑していると、僕の目の前に焼きたてのマルゲリータが置かれた。もちろん、Dさんの前にも同じピザが。
「うわー、美味しそう!いただきます!」
そう言うなりDさんは、慣れた手つきでピザをナイフで切った。そしてペロリと平らげていく。一方の僕は、当初はDさんに合わせてフォークとナイフを使用しようと思ったが、はっとする。何も彼女に合わせる必要ない、むしろ手で食べて幻滅される方がいいじゃないか。そう強気に思い、自分のスタイルを貫くことにした。果敢な気持ちで、ピザを素手で持つ。
「あら?手で?」
「ええ、僕は手で……」
意味ありげな視線を送ってくるDさんを軽く受け流して、僕はピザにかじりついた。
そういうわけで僕とDさんは、マルゲリータを1人一枚……黙々と……食べた……。
……いやどうせ二枚頼むなら、別のピザにして違う味を楽しもうよ!
