あまり公にしたくなかったので綴らなかったが、この際はっきり公表しようと思う。僕自身、かつてワキガだった。それに加え多汗症でもあった。ワキガと多汗症の悪質コンビ。相当な激臭を放っていたに違いない……というか放っていた。僕が置かれていた悲惨な状況……想像は容易いだろう。
ちなみに僕は、中学生の頃から自分がワキガだと強く自覚し潔く認めていた。早い段階で家族にも相談し、母の指導の下、対策をしていた。しかし自己流ケアだけでは、当然改善されるわけもない。どれだけ気をつけても、しぶとく何度でも蘇る腋臭は、僕の思春期を危ういものにしつつあった。加えて周囲に迷惑をかけているかもしれない罪の意識で、僕の精神はどん底に病んでいたと思う。青春=ワキガである。
幸い母は僕の悩みを深刻に受け止めてくれて、積極的に治療を勧めてくれた。そして僕が高校生の頃に、ワキガと多汗症の手術を受けさせてくれた。おかげで今はすっかり完治して、ワキガではなくなった。
なのでかつての経験と臭いから、Aさんはワキガ体質だろうなとすぐに悟った。ワキガを認めること。ワキガとして生きること。その辛さも大変さも、一応わかっているつもりだ。だからAさんの体質を、茶化すつもりは全くない。
ワキガなのは、仕方ない。仕方ないのだ、体質だから。
だが不可解なのは、Aさんが自身の臭いに対して無頓着すぎるということ。ワキガは自覚し難いと言われているようだが、そんなことはないと思う。よっぽど鈍感でない限りは、嫌でも自身の悪臭を悟るはずだ。
Aさんも自身をワキガだと認めケアした上で、今日を迎えたのかも知れないが、例えそうだとしても……臭すぎるし、ケアが甘すぎる気がする。僕の考えが正解だと言いたいわけではないけれど、ワキガ経験者としては、もう少しAさんは、彼女自身の激臭に配慮した方がいいかなと感じた。
ちなみに僕は今でも、汗や体臭に対して恐怖心がある。自分のワキガや多汗症は手術のおかげで完治したとはいえ、いつ再発するかもわからない不安や、いつ誰かに迷惑をかけることになるかもしれない不安が、常に背後にいるのだ。日々の汗対策は絶対におそろかにしないし、油断もしない。だから不可抗力だとしても、汚臭を撒き散らしているAさんが、ちょっと信じられなかった。
「……Aさんも動物がお好きなんですね。僕も大好きです。今は一人暮らしなので一緒に暮らしていないですが、小さい頃からずっと犬と暮らしていました。今は実家の犬に会うのが楽しみです」
「犬も可愛いですよね。私は猫派なんですけど、私も小さい頃から猫と一緒に生活していて、今も実家で5匹の猫と暮らしています」
「5匹も!すごい、羨ましいですね」
「5匹いるおかげで、毎日がすごく楽しいです。あ、でも私、動物臭くないですか?大丈夫ですか?臭いませんか?」
「えっ……」
「自分では全然気づかないんですけど、時々友達に獣臭いって言われるんです。獣って言い方、失礼だと思いません?友達なので笑い話にしてますけどね。でもまあ例え臭っていたとしても、それって幸せな匂いですよね!」
「……」
獣臭い……か……。
それはおそらく、Aさんがワキガだと注意できない友人からの、精一杯の指摘なのではないだろうか。僕もAさんの友人に倣い、無理やり口角を上げて「全然動物臭くないですよ」 と笑った。臭いの無自覚は怖い。
そうこうしていると15分が終わり、移動時間がきてしまった。
