僕の見解に誤りがなければ、おそらくAさんはワキガなのだろう。五感が秒で機能停止寸前になりかける強烈な腋臭に、僕は息苦しさを感じていた。しかもこの悲惨な状況をさらに悲惨にしているのが、Aさんが纏う香水や化粧品の香り。通常ならば心を穏やかにさせるはずのフローラル系の香水の香りが、最悪の形で脇臭とコラボしてしまい、本来の香りが跡形もなく消え散ったのだ。おかげでAさんの個室は、腐臭を放っていた。
「ホピ沢さんは食べることがお好きとのことですが、よく外食に行かれるんですか?実は私も食べることが大好きなんです」
「そ、そうですね。暇な時はよくグルメ系のyoutubeを観たり、飲食店を検索したり、雑誌を読んだりして、リサーチしていますね。次どこに行こうかなって考えるのが好きで……」
「私もです!youtubeはよく観られるんですか?私は、XXっていうグルメ系のyoutuberをよく参考にしています」
「ああ、僕もそのXXを観ていますよ。美味しそうに食べるのが伝わってくるので好きです」
「本当ですか?私そのXXが大好きで、以前オフ会にも参加したんですよ!」
見た目と中身が一致しないとは、こういうこと言うのだろうか。ちょっと違うかもしれないが、まざまざとギャップを見せつけられた気分だった。だってAさんは、こんなに美人で優しそうでニコニコしているのに、人知れず脇から凄絶な異臭を放出しまくっているのだ。僕と平然と会話をする傍ら、現在進行形でワキガ炸裂はすごいと思う。清潔感を感じさせる美しい女性がワキガというのは、なかなか強烈なインパクトがあった。
しかし……Aさんは自身の体臭に気づいていないのだろうか。なんとも信じ難いことだが、Aさんからは全くそういった素振りを感じなかった。この不穏な空気をものともせず、顔色ひとつ変えずに、おすすめのグルメ系youtuberの話をしているのだ。
……本当にこの臭さに気づいていないのか?
もしかして……本当は気づいていてめっちゃ動揺しているけど、あえて素知らぬ顔をしている……とか?だとしたら……気の毒だ。焦る気持ちはすごくわかるし同情する。
ちなみにAさんは、独身の中年男性が飲み歩く動画が好みらしい。よく観ているチャンネル名を教えてくれた。グルメ好きの僕としては、Aさんの話は非常に興味深かった。もっと話をしたい、聞きたいなと感じた。
……しかしどうしても、激臭を生み出す腋臭が僕の思考を邪魔をする。なんとか相槌を打っていたとはいえ、僕は……辛くて泣きそうだった。世の中には、異性に対して臭い体臭を求める性癖の方もいるだろうが、生憎僕はそうではない。臭いは罪……くらいに臭いに対しては敏感だ。というか無意識の悪臭は本当に許せない。
どうしよう。長くも短くもないと思っていた15分間が、果てしなく長い15分間になりそうだ。
Aさんは本当に僕好みのドンピシャな外見、人当たりのいい優しい雰囲気、今の所グルメ好きという趣味も合う、もっと話してみたい……でも。
臭いのだ。
