「料理をされるということは、彼女さんにも作ってあげてたんですか?」
「え?ええ……そういうこともありましたけど……」
何気なく答えた視線の先には、表情を引き締めて僕を見つめるあすぴょんさんがいる。心なしかあすぴょんさんの眼差しは、探るように慎重だった。別に何も肩の力を入れて尋ねる質問でもないのに、どうして固い顔つきをしているのだろう。
「例えば彼女さんに、何を作ってあげていたんですか?」
「そうですね……」
「オムライスとかカレーとか、そういう定番の料理ですか?」
元彼女と別れたのは大分前なので、所々記憶が抜け落ちている部分もある。僕は頭の片隅にしまった思い出をひっくり返して、回想した。
「作ってあげていたというよりも、一緒に作る方が多かったです。好きな飲食店の料理を真似して作ってみる、というのをよくしていました」
「例えば何を作っていたんですか?」
「好きな居酒屋のもつ煮を再現してみるとか、インド人youtuberの動画を観てインドカレーに挑戦するとか……そんな感じです」
あすぴょんさんに話しながら、僕は正直腑に落ちない気持ちだった。今さっきあすぴょんさんは、僕が料理をすることを知ったのだ。単純に"普段何を作っているんですか?"と聞かれるのならわかるのだが、それをすっ飛ばして、"彼女さんに何を作ってあげてたんですか?"は、首を傾げてしまう。それに何故そんなに気になるのか。
「そうですか。ホピ沢さんと彼女さんは、本当に外食が好きでグルメ通だったんですね。再現しようなんて、普通思いつきませんよ」
「グルメ通ではないですけど……家でも食べたいなと思う時があって。といっても再現率は低くて、全然完璧に作れませんでした」
「でもそういうの、楽しそうですね。私も料理頑張ってみようかな。サイゼリヤのミラノ風ドリアとか作ってみるの、面白そうです」
そう言ってあすぴょんさんは、メニューを眺め始めた。一時間以上待ってまでサイゼリヤに入店したのは、あすぴょんさんがどうしてもミラノ風ドリアを食べたいからだった。ようやくミラノ風ドリアをモバイルオーダーするんだなと思っていると、あすぴょんさんはうーんと唸り出した。
「どうしよう……半熟卵がのった方にしたいけど、普通のより50円高いし……50円か……出すの迷うなあ……」
僕は唖然とした。あすぴょんさんは大真面目に、半熟卵を乗せるか乗せないかで悩んでる。その差は50円。たった50円だ。決して50円を馬鹿にしているわけではないが、真剣に悩むほどの金額ではないと思う。確かにこのご時世、1円足りとも無駄にできない。しかし、半熟卵をトッピングするかしないかを、50円出すか出さないかを、ここまで時間をかけて悩むのは理解できなかった。
「本当にどうしよう……50円って大きいですよね。でも卵食べたいし。ホピ沢さんだったら、半熟卵のせますか?」
知らねーよ!俺に聞くなや!