「……彼女さんがいらっしゃった時も、お一人で漫才を観に行ってたんですか?」
それまでのオフ会みたいだった雰囲気が一変、ピリッと緊張感が走った気がした。
「お話を聞いていると、ホピ沢さんはお一人で行動されるのが好きなのかなと感じました」
「確かに一人で行動するのは好きですが、絶対に一人行動でないと嫌だというわけではありません。複数人で何かを楽しむのも好きです。予定や趣味が合えば、友人や家族と遊びに行きますよ」
「じゃあ彼女さんとは、漫才を観に行ってたんですか?」
「行ってないです……」
なんだろう、この急に尋問さながらの問いかけは。それまでうっとりと夢見心地で芸人Aについて語っていたあすぴょんさんの表情が、同一人物とは思えないくらいきりっと引き締まった。言い淀む僕に何度も、"彼女さんとは漫才を観に行っていたのですか"と繰り返す。僕はあすぴょんさんの意図がわからず、困惑した。
「どうして一緒に漫才に行かなかったんですか?彼女さんと一緒に行くのが嫌だったんですか?普通は恋人と行きますよね?」
「えっと……もちろん、何度か誘ったことはありますよ。でも僕が交際していた女性は皆、漫才に興味がなかったんです。興味がない人を誘うのは心苦しいし、お互い楽しめないので、一人で観に行っていただけですよ。決して恋人と一緒に行くのが嫌だったわけではないです」
「それってなんか寂しくないですか?付き合ってるのに……一緒に漫才を趣味を楽しめないなんて……」
「漫才は一緒に楽しめませんでしたが、他のことは一緒に楽しめていたので、寂しさは感じなかったですよ。それに僕も、彼女が好きなK-POPアイドルの魅力を理解できませんでした。恋人だからといって、必ずしも趣味を共有する必要はないかなと思います。もちろん、全ての趣味を共有できるのがベストだなと感じますよ」
「でも……寂しいですよね……そういうお付き合いって……一緒に漫才観れないなんて……」
そういうお付き合い……って、あすぴょんお前、どんだけ恋人と一緒に漫才を観たいんだよ!漫才限定かよ!他のことは一緒に楽しめていたんだから、別に漫才は一緒に観れなくてもいいだろ!
思わずそう言いかけた僕は、ハッとした。"寂しいですよね"と再三口にするあすぴょんさんは、僕を哀れむような目で見ていたのだ。どうして僕はあすぴょんさんに不憫に思われているのか、全然理解できなかった。恋人と一緒に漫才を観れないヤツは、惨めなのか?だが本当にあすぴょんさんは、「可哀想」とでも言いたげに僕を眺めている。
「ホピ沢さんは彼女さんと一緒に、漫才見れなかったんですね……」
だーかーらー、漫才を一緒に楽しめなかったくらいでなんなんだよ!そのなんとも言えない眼差しを受けた僕は、無性にイラッとしてしまった。だがここはぐっと堪えて、僕も質問をしてみる。
「あすぴょんさんは、恋人とは何でも一緒にしたい派ですか?恋人の趣味や好きなことに興味がなかった場合もですか?」
「うーん、何でもというわけではないですが……何でもは難しいかもしれないですよね……」
おい、あすぴょん!あんだけ、"寂しいですよね"って言っておいて、"何でもは難しいかもしれないですよね"ってなんなんだよ!
「でも私は彼氏と一緒に、漫才は絶対に観に行きたいです」
僕は、テーブルの上のフライに顔面からダイブしそうになった。
だから何で漫才の話に繋げるんだよ! もうわかったから!お前の、"恋人と絶対に漫才を観に行きたい"気持ちは!