「もしよろしければ……一緒にお笑いライブに行きませんか?」
その瞬間、僕はコーヒーを吹き出しそうになった。
神妙な面持ちで居住まいを正したあすぴょんさんに、何を切り出されるのかと思えば、なんてことはない、お笑いライブへのお誘いだった。
「実はこの間の芸人Aのライブ、一人で行ったんです。友達にも家族にも興味がないって断られて。私一人で何かするの苦手なんですけど、どうしても観に行きたかったので、勇気を出して一人で行きました。一人で行く人って変ですよね。可哀想に見えるし、友達がいないみたいで。自分が可哀想な人だと思われたくなかったので、開演時間ギリギリに行きました。あ、私は友達いますよ!可哀想じゃないですよ!お笑いライブにはついてきてくれなかっただけで、友達はいます!」
お、おう……という感じだった。あすぴょんさんは再三に渡って、「私は可哀想じゃなくて、ちゃんと友達いますから」と強調してくる。別にお笑いライブに一人で行ったからって、可哀想だとも思わないし、友達がいないとも思わない。僕だってそのライブに一人で観に行った。ただ行きたかったから、観に行った。それだけのこと。
"一人でイベントに参加している人=友達がいなくて可哀想"、という思考には、寄り添えなかったし、少し幼いなと思ってしまった。
「え、ホピ沢さんもお一人で行かれたんですか?どうしてですか?友達がいないんですか?恥ずかしくないんですか?」
恥ずかしい?何が恥ずかしいのだろうか。単独行動が好きな僕には、あすぴょんさんが恥じらっている理由が全く理解できなかった。一人でいる人は、一人の時間を楽しんでいるだけだ。あすぴょんさんのように一人行動が苦手な方はいるとはいえ、一体何を気にしているのだろうと思う。自分が思うほど、世間は自分のことを気にしていない。少し過剰に捉えすぎていないかと感じたが、あすぴょんさんはどうしても一人が嫌らしい。
「実は三週間後に芸人Aのライブがあるんです。友達を誘おうと思ってチケット二枚買ったんですが、結局誰も一緒に行ってくれないんです。ホピ沢さん、一緒にどうですか?ぜひお願いします」
「え……?」
「ホピ沢さん、芸人Aお好きなんですよね?ぜひ!早めに買ったので、席はめちゃくちゃいいですよ!芸人A好き同士、一緒に盛り上がりたいです。語りたいです」
ね?ぜひ!と鬼気迫る表情のあすぴょんさんは、僕が頷くまで絶対に逃さないという迫力だった。正直、すごく怖かった。絶対にそんなことはないとわかっていても、今ここで断ったら何か良からぬことがあるのでは……と思わせる形相だ。気づけば僕は、首を縦に振っていた。
「いいんですか?ありがとうございます!やったー、これで一人で行かなくてすむ!」
何がなんでも一人で行きたくないのか……。あすぴょんさんの喜び様に、僕は複雑だった。あすぴょんさんは僕と一緒に行きたかったのではなく、極論、一緒に行ってくれる人なら誰でもいいのだ。それならマッチングアプリで出会った僕ではなく、SNSで芸人Aのファンに声をかければいいと思う。その方が後腐れがないし、今後も一緒に推し活ができるかもしれない。友達でもなんでもない、たった一回会った僕をあすぴょんさんは誘えるのだから、きっとSNS上でも活動できるはずだ。
「ドリンクおかわりしようと思うのですが、ホピ沢さんもどうですか?もしよかったら取ってきますよ」
「ありがとうございます。でもまだ残っているので、もう少しあとにします」
「わかりました。おかわりしてきますね」
あすぴょんさんは喜びを爆発させながら、ドリンクバーへと席を立つ。その様子をぼうっと眺めていると、やはりあすぴょんさんは、カフェオレ、ジュース、スープの三つの飲み物を注いでいた。これは再びポテトを頼む流れだろうか。
僕はすっかり冷めてしまったコーヒーを、一気に飲み干した。
あれ?僕は今、マッチングアプリの相手と会っているんだよな?何故お笑いライブに行くことになってんだ?