当初は呼吸をするのさえ躊躇われるほど、僕とサリーさんの間に漂っていた雰囲気は重苦しかった。しかしスンデ(豚の腸詰)のおかげで、今にも崩れ落ちそうな空気が一変。サリーさんと僕の距離はぐんっと縮まり、軽口を叩いて笑い合えるようになった。
そう、ここまでは順調だった。メイン料理のカムジャタン(じゃがいもと豚肉の鍋料理)が運ばれてくるまでは。
「ところでホピ沢さんはどこにお住まいなんですか?今日ご自宅から、新大久保まで遠くなかったですか?」
あ、 まずい。せっかく楽しいムードになったと思った矢先に、この質問か。僕の心臓はひやっとし、額には冷や汗が浮かんだ。
これまで、"どこにお住まいなんですか"系の話題で、僕は後味が悪い思いしかしたことがない。「蒲田です」と公表した瞬間の、周囲のなんとも言えない微妙な表情やドン引きを、何度も何度も目の当たりにしてきた。時には嫌悪感や嘲笑も。そういった反応に慣れているとはいえ、心に傷はつく。
どうせサリーさんもきっと……僕は諦めの気持ちで口を開いた。
「蒲田です。蒲田からなので、そんなに遠くないですよ」
「あ、あ、あー……蒲田……蒲田ですか……」
「……はい」
案の定、サリーさんは控えめながらも拒絶感を露わにしてきた。その口調は、蔑視にも似ていた。
「蒲田ってスラム街で汚くて……自転車の盗難数が都内一とかって……」
「……よくご存知ですね」
「以前テレビで観ました」
「あの月曜のテレビですか?」
「そうです。うわあって感じの街ですよね。やばい人がたくさんいるっていうか」
「……」
「蒲田に住んでいる人って、本当にいるんだあ……。テレビで観た時、蒲田は治安悪いイメージだったので、蒲田に住んでる人なんているのかな?そもそも蒲田は住めるのかな?って思ってました。よく蒲田に住んでますね」
「……」
「蒲田かあ……うん、蒲田。すごいですね。あの蒲田に住むなんて」
「……」
「あ、すみません。こんなこと言っちゃって」
「いえ、いいんです。よくそう言われるので」
「ですよね」
「……」
「……」
「サ、サリーさんはどこにお住まいなんですか?」
「赤羽です」
「え?赤羽?」
「はい、赤羽です」
「それならそんなに蒲田を怖がらなくても大丈夫ですよ!蒲田と赤羽の雰囲気は結構似てるのできっと……」
「違います!」
「え……」
「違います!全然違います!赤羽と蒲田は全く違います!一緒にしないでください!」
「ご、ごめんなさい……」
おい、サリー!なに私はお前とは違うみたいな態度してんだよ!蒲田も赤羽も変わんねえじゃねーか!