2024年9月9日月曜日

40代男がマッチングアプリをやってみた 45

「私まだ帰りたくないです。もうちょっとホピ沢さんとお話ししたいです」 

おい、タケウチ……?
 

「この辺りによく行くバーがあるんです。少し飲みませんか?」
 
驚くほど強い語気でタケウチさんに誘われたが、ちょっと何を言っているのか全然わからなかった。理解するのにしばし時間を要したと思う。言葉を失うというのは、まさにこのこと。お断りしようと思っても声が出ず、音にならなかった。それでもなんとか振り絞って、やんわりと断る。

「行きましょうよ!もう少し一緒に飲みたいです」
 
……この手はなんなのだろう。
 
気づけば僕のショルダーバッグの紐を、タケウチさんは控えめに掴んでいた。
 
おい、タケウチ!離せよ!お前、今何時か知ってるか?時計見ろよ!
 
最終電車の時間まで、1時間を切っていた。
 
「……折角ですけど今日はもう遅いので、また次回にしませんか」 
「タクシーで帰れば大丈夫ですよ」
「いやでも……」
「少しだけですから、行きましょう?ホピ沢さんともう少し話したいです」
 
僕の聞き間違いだと思いたかった。 タケウチさんの言い間違いだと思いたかった。
しかし目の前には……まっすぐな目線で僕を見据えるにっこり笑顔。一見無害そうな微笑みだが、心なしかタケウチさんのその表情には鬼気迫るものがあった。僕とタケウチさんの間には、ただならぬ雰囲気が漂っていたと思う。
 
だから、だろう。痴話喧嘩をしているとでも思われているのか、道ゆく人々が興味深そうに、僕とタケウチさんを眺めていく。中には明らかに僕とタケウチさんを指差して、クスクスと笑う酔っ払いもいた。その多数の視線を認識した瞬間、僕は全身を掻きむしりたくなるくらいの羞恥心に襲われた。今すぐここから全力Bダッシュしたかった。
 
「ね、行きましょう?」
「すみません、明日仕事なので帰らないといけないんです」
「でもほんの少しですから」
 
やばい。知らない間におかしな状況になっている。僕は終電と仕事を理由に何度も断ったが、タケウチさんは一向に引き下がらなかった。それどころか「ちょっとだけですから」と、粘り強さを見せてくる。すごい、鬼メンタルだ。タケウチさんの諦めない心に関心しつつ、僕は途方に暮れていた。僕のバッグの紐を握るタケウチさんの手の力が、強くなった気がしたからだ。
 
おい、タケウチ……勘弁してください。
 
誰かに「おい、ホピ沢。お前恥ずかしい勘違いしてんじゃねーよ。全然そういうんじゃねーから」と指摘して欲しい。だがタケウチさんからは絶対に終電を逃すぞという気迫を感じたし、何がなんでも始発まで居座ってやるという決意すらも感じた。

どうしよう。どうしたらいいんだ。
 
お恥ずかしい限りだが、僕はこれまで終電に間に合うような恋愛しかしてこなかった。
 
だから既に40歳を迎えたというのに、僕には経験から生まれるはずの大人の余裕がない。タケウチさんを上手くあしらう術が、わからないのだ。

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