「ホピ沢さんはご実家に住んではいないとはいえ、今も蒲田に住んでいるんですよね?ご実家とおうちは近いんですか?妹さんも蒲田住みなんですか?蒲田を離れない理由はなんですか?離れる気はないんですか?蒲田に住まないといけない理由があるんですか?もし私とホピ沢さんが結婚したら、私は蒲田に住まないといけないんですか?」
タケウチさんの"蒲田責め"は、長い時間を要した。
僕が蒲田に住んでいる理由は、ただ一つ。蒲田が大好きだからだ。
蒲田で生まれ蒲田で育った僕だが、大学進学や仕事の関係で、江東区、札幌、岩手、京都、イギリスなどに住んだこともある。どの街もそれぞれ住みやすく、とてもいい所だなと感じたし、好きになった。機会があれば、また住んでみるのもアリだなと思う。
しかし様々な場所に住んだ経験を振り返ってみても、やはり僕の中では蒲田が一番なのだ。僕が蒲田出身だから、蒲田を贔屓しているわけではない。例えどこ出身であろうと、僕は蒲田を好きになり、蒲田に住むことを選んだだろう。そのくらい、蒲田が大好きだ。
「ホピ沢さんが蒲田を好きなことはすごくよくわかりました……私は全然理解できませんが。で、今住んでいるお家と実家は近いんですか?」
「徒歩20分くらいですね」
「近っ。それって一人暮らししている意味あるんですか?」
「え……?」
「せっかく一人暮らししているのに、わざわざ実家の近くに住んでいると聞くと、実家に依存しているっていうか、自立していないのかなって感じがします」
おい、タケウチ!確かお前、実家暮らしだったよな?なにが、"実家に依存しているっていうか、自立していないのかなって感じがします"、だよ!どの口が言ってんだ!
いちいち癇に障る言葉を放ってくるなとムカっとしつつも、確かにタケウチさんの懸念は理解できるので、込み上げてくる苛立ちを堪える。偏見だとは思うし、決して自分は違うと言い切りたいが、"いい歳して実家の目と鼻の先に住んでいる男は、だいたいマザコン野郎"だと思われても、仕方がないのかもしれない。
「確かに自宅と実家の距離は近いですが、毎日両親に会っているわけでも、衣食住を頼っているわけでもないので、依存はしていないかなと思います。親子といえども大人ですから、それぞれの生活がありますし」
「そうなんですか?てっきりお母さんに頼りっきりなのかなと思いました。お母さんが部屋に来てお掃除したり、お料理したりって感じで。お母さんをアテにしてるっていうか」
「それは……ありえないですね。」
「へー、私が今まで付き合っていた彼氏は、大体そんな感じでした。お母さんが部屋の鍵を持っている元カレもいました。正直、気持ち悪かったです」
おい、タケウチ!気持ち悪かったって言ってるけど、お前はどうなんだよ!確かに部屋の鍵を持っている云々はアレだけど、きっと実家暮らしのお前だって、お母さんをアテにしてるって思われてるぞ!
「ただ最近は母の体調が思わしくないので、10日に一回ほど様子を見に実家に寄っています」
「お母様、どこか悪いんですか?」
「母も高齢ですから、色々ありますね」
「それって介護ってことじゃないですか?やだあ。それじゃあホピ沢さんと結婚したら、私は介護要員ってことですか?」
「え!?」
「私は蒲田ってことですか?」
"私は介護要員ってことですかとか、蒲田ってことですか?"って……何言ってんだよ!お呼びじゃねーんだよ!
「……今は蒲田から離れる理由がないので蒲田に住んでいますが、絶対に蒲田というわけではないです。もし僕に結婚する機会が巡ってきたら、お相手の方と相談してベストな住む場所を決めたいです。お相手に僕の両親の介護をお願いする気はありませんし、両親の介護のために蒲田に住んでもらうという考えは全くありません」
「よかったあ。蒲田一択だったら、私つらいですもん」
ここまで他者への配慮なく、ズケズケと物を言う人は初めてだ。婚期を逃したおじさんの僕に言われたくないだろうが、こういうデリカシーのない言動は、敵を作りやすい要因になりかねない。実際タケウチさんは、他人と衝突しやすいタイプだろうなと感じる。もし今まで一度もトラブルになったことがないのなら、それはおそらく相手が我慢しているからだ。
「もし住むなら湾岸エリアとかどうですか?雰囲気とか、蒲田とは全然違いますよ!お洒落だし、酔っ払いなんていないし」
タケウチさんは悪びれもなくにっこりと笑って、フォークでパスタをくるくると巻いた。僕も遅れを取らないように、パスタに手をつける。なんとなくお洒落なイタリアンのパスタは、量が少ない傾向にあると思う。このお店も例外ではなく、大きなお皿の真ん中にちょこっと盛られている程度。それをタケウチさんは、二口で平らげた。確かに物足りない量ではあることは認めるが、二口は……すごい。僕はタケウチさんの食べっぷりに、見惚れてしまった。
「でもホピ沢さん、よく一人で暮らしてますね。都内に実家があるんだから、わざわざ実家から出る必要ないのに。都内に実家があった元カレは、みんな実家に住んでましたよ」
「タケウチさんは……」
「一人暮らし?したことないですよ」
「一度も?」
「はい、一度もないです。学校も職場も全部東京。東京を離れたことないので、一人暮らしする理由がありません。都内に実家があるのに、わざわざ家を出る意味ありますか?一人だと全部自分でやらないといけないですが、家に帰れば何でも揃ってますしね。母がやってくれますし」
僕は食べかけのパスタを、喉に詰まらせそうになってしまった。
おい、タケウチ!お前が誰よりも一番お母さんに頼りっきりで、実家に依存しまくってるじゃねーか!