「タケウチさんはどこにお住まいなんですか?」
「板橋区です。駅はXXですね」
おい、タケウチ!お前も東京の端っこで隣埼玉じゃねーかよ!
"蒲田は23区だけど東京の端っこだし、隣川崎だし……"と、嫌悪感を口にしていたタケウチさんが、まさかの東京の端っこで隣埼玉エリア住まいだと発覚。地域は違えど同じ県境在住のくせに、何を意味不明なことを言っているのだ。僕は驚きのあまり、咀嚼のリズムが崩れて、舌を噛んでしまった。
「ホピ沢さんの実家は蒲田なんですよね?ご両親の代から蒲田なんですか?それとも先祖代々蒲田なんですか?」
「父方の祖父母が長野県から蒲田に引っ越したと聞いています。僕が生まれる前に祖父母は亡くなっているので詳しくは……」
「ではホピ沢さんのお父様は、ずっと蒲田?」
「そうですが、母と結婚後は、しばらくは神奈川に住んでいたそうです」
「どうして蒲田に戻ったんですか?」
「病気がちの祖父母をサポートするために、蒲田の実家で同居することを選んだそうです」
「じゃあホピ沢さんの実家は、お父様の実家なんですか?」
「場所はそうですね。家は僕が3歳の時に建て直したので、父の実家ではないですが……」
「建て直したってことは、一軒家ですか?お庭はありますか?」
「そんなに立派な庭ではないですが……まあ……」
「妹さんは結婚して家を出てらっしゃるんですよね?ということは、いずれ蒲田のご実家はホピ沢さんの物になるんですね?」
「え!?いやそれは……」
「ご実家はどのくらいの広さなんですか?昔から蒲田に家があるということは、それなりに大きいですよね?都内にありがちな、"細三"ではないですよね?」
「細三……」
「長男のホピ沢さんが相続するってことですよね!だからもし私がホピ沢さんと結婚したら、家と土地の心配はしなくていいんだ。よかった。蒲田も一応23区ですもんね」
蒲田生まれ、蒲田育ち、蒲田在住の僕に幻滅したタケウチさんから即フェードアウトされると思いきや、タケウチさんはやたらと僕の実家について質問してきた。祖父母の出身地や祖父母が蒲田に引っ越したきっかけ、母方の祖父母のこと、両親妹の職業や出身大学、妹家族のこと、そして実家の間取りや広さのこと。
タケウチさんの不躾で無遠慮な態度と質問に驚き続けていたら、心臓が持たない。僕は努めて淡々と無感情で、タケウチさんの問いに返答していた。しかし僕と妹が中高一貫校に通っていた話になった途端、「え、私もホピ沢さんの中高の隣の駅の中間一貫校に通ってました!電車ですれ違っていたかもしれないですね。ホピ沢さんとはご縁がありそう!蒲田在住なのに、ご両親は教育熱心。ホピ沢さんは国立大学出身で大学院も出ている。しかも実家は広そうな一軒家!お金に余裕がありそう!」と、はっきり言い切られた時は、空いた口が塞がらなかった。
"蒲田在住なのに"……って、 なんだ?
僕たちの目的は、婚活。当然互いの実家や家族の話はするべきだし、早い段階で育ってきた家庭環境や価値観を知った方がいい。だが必要なことはいえ、初対面でここまで切り込んでくる女性は、そういないのではないだろうか?婚活の世界では、これは普通なのか?むしろ僕の感覚がおかしいのか?
「ホピ沢さんはご実家に住んではいないとはいえ、今も蒲田に住んでいるんですよね?ご実家とおうちは近いんですか?妹さんも蒲田住みなんですか?蒲田を離れない理由はなんですか?離れる気はないんですか?蒲田に住まないといけない理由があるんですか?もし私とホピ沢さんが結婚したら、私は蒲田に住まないといけないんですか?」
マシンガンのように途切れることなく質問を浴びせられ、僕はうっと詰まってしまった。圧を感じる吊り目にじっと見据えられ、何から話すべきか頭の中が混乱した。もう少し穏やかな空気で、会話をしたい。タケウチさんの口調は、まるで尋問だ。
ところでタケウチさんのすごいところは、職人気質の加工技術や平気で嘘を重ねるところだけではない。
タケウチさんは、熟練の早食いマイスターだったのだ。
ふと気づくと、彼女の前菜プレートは既に綺麗さっぱり空になっていた。休憩を挟むことなく延々と話し続ける傍で、一体どうやって食べ物を咀嚼していたのだろう。話し続けながら食べるという行為は、なかなかできるものではない。弾丸トークと早食いを難なく同時進行できるタケウチさんの力量に、僕は感心した。いや尊敬した。
僕も早食いだと自負していたが、それは一人で食事をする時だけだったと、今気がついた。もうこれからは絶対に早食いが得意だと言うのはやめようと思った。こんなレベルでは、タケウチさんの足元にも及ばない。僕はお皿に半分ほど残っている料理を、慌てて口に運んだ。