2024年8月21日水曜日

40代男がマッチングアプリをやってみた 37

「うちのレイカ(タケウチさんの下の名前)がお世話になってます!え、ぶっちゃけいいんですか?こいつで?結構色々とこじらせてますよ?」
「もーやめてよ〜」 
「……」 
 
タケウチさんのいとこだという店長は、お店に到着するなり僕の肩をぽんぽんと叩いた。なんだこの馴れ馴れしさは……。二人のペースで展開されるハイテンションな空気に圧倒され、僕は口元が引き攣った。
 

「じゃあ料理も飲み物も、おまかせでいっすか?こっちでスペシャルな感じのを用意しますね」
「はーい、よろしくね〜。あ、でも、私のにはオリーブは入れないで」
「わかってるって。ホピ沢さんは苦手なものありますか?」
「特にないです」
「了解っす。今日は記念すべき初デートなんすよね?レイカのこと、よろしくお願いしますね」 
「記念すべきとか大袈裟だよー!」
 
……?
 
記念すべき……初デート?
 
「彼氏と初デートなんだから、記念すべきっしょ!素敵なひと時を演出させていただきますよ!」
 
彼氏……?何言ってんだ?
 
僕は、僕の理解を超えた会話を連発する二人を、呆然と見つめた。 ふと店長から、意味深な視線を注がれていることに気が付く。まるでそれは、優しく温かい兄のような眼差し。そして全てを知っているとでも言いたげな口振り。"タケウチさんの恋人"として、歓迎されていると悟るには、十分すぎる流れだった。
 
おい、タケウチ!店長に僕のことを何て伝えたんだよ!彼氏じゃねーよ!ただのマッチングアプリの相手だよ!
 
写真を別人級に加工するという前科もそうだが、ここでも今会ったばかりの僕を"彼氏"に仕立て上げ、店長に虚偽の報告をしている。タケウチさんは平気で嘘に嘘を重ねられる人なのか……と、改めてぞっとした。
 
彼氏じゃないです!と即座に否定しようとしたが、猛烈な勢いでタケウチさんが「とりあえずビールお願いしまーす」と頼んだので、あえなく遮られた。異を唱える機会を失った僕の心は、収まりきれないほどのわだかまりでいっぱいだった。実際人目を憚らずに強く反論すればいいだけの話なのだが、タケウチさんの鼻っ柱をへし折るのは気が引けた。女性に恥をかかせるのは後味が悪いし、大人気ないと思ったのだ。ここはぐっと堪えて、この時間をやり過ごすことにした。
 
「ホピ沢さんのお好きなビールはなんですか?」
「よくクラフトビールが好きで飲みますね。特にブリュードックというビールが好きです。タケウチさんはビール、お好きですか?」
「もちろんです!王道ですが、プレモルが好きです」 
 
しかし本当になんなんだろう、このタケウチという女性は。 今日初めて会った人を彼氏として紹介する不可解な言動が、なんだかすごく怖くなってきた。 タケウチさんと店長のコンビネーションプレーを浴びていると、逃げ道を断絶された気持ちになってくる。
 
「それじゃあ、乾杯しましょうか。今日はありがとうございます」
「こちらこそ、ホピ沢さんに会えて嬉しいです」
 
だめだ。これはだめだ。さっさとズラからねば。ビールで乾杯を済ませた僕は、この会を早々にお開きにしようと決意する。得意の早食いを披露すれば、秒でタケウチさんに幻滅されて、難なくエンディングを迎えられる気がした。
 
到着した前菜盛り合わせプレートに見境なくがっついてやる!という強い決意で、カラトリーケースからフォークを取る。するとナイフを手にしたタケウチさんが、口を開いた。
 
「ホピ沢さんはどこに住んでるんですか?」
「蒲田です。タケウチさんは?」
「か……蒲田ぁ!?」 

タケウチさんは露骨に顔を歪めた。
 
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